空を飛んで会いにこい 第十話(6) 〜中谷side〜

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第十話 イケメン戦隊偽善ジャー現る!(6)


 俺は一旦席を外してトイレに向かった。
 二階のトイレ。とにかく広いっ! 
 一体ここで何してたって言うんだよ!? なんだよこの書棚の数の多さは。

 鏡に映った俺、顔赤いなぁおい。
 これが酒で赤いのか、話に興奮して赤いのか。

 俺は岡田にメールを入れた。
 「おまえ、こっち来なくて正解」って。はははは。

 いつぶりだろうな、俺が岡田以外とこんな顔して人と話してんのって。


 席に戻ると、待ち構えていたように冴ちゃんが俺に話しかけた。


「ねえ、中谷君は何が切欠で岡田のこと好きになったの?」

「冴ちゃんは? 先に教えてよ。後でちゃんと話すからさー」

「じゃあ、ちょっと前置き長いけどいい? っていうか話したいから」

「いいよ、話してよ」


 冴ちゃんの目の前にはまた新しいビールピッチャーがひとつ置かれていた。


「私さ、小学校ん頃に、一日だったけど誘拐事件に遭ってね。犯人は隣町に住んでいた大学生。いたずらとかは運良くされなかったけど、『君とドライブしたい』って言ってさ、一晩中連れ回されたんだ」

「ロリコンだったのかな、その大学生」

「翌日早朝、巡回していたパトカーに川岸の駐車場で尋問されて、それで犯人は逮捕されたの。それからよ、うちの両親。四六時中私を監視するような生活に急変しちゃって。学校へは車で送り迎えされちゃうわー、家戻ってもトイレ以外、何処だって親が着いてくる見張ってる」

「辛いなぁ、それ。完全監視じゃん」

「でしょ? でね、『こんな生活いやだ!』って、私が家で大騒ぎしてね。じゃあ環境変えようってことになって引っ越したの」

「へえ、そうだったんだ」

「けど越して来たら来たで私、今度は対人恐怖症になっちゃってさ」

「え? どうして?」


 冴ちゃんは相変わらず喋りながらもビールをガンガン飲んでいたから、俺はピッチャーを持ったまま話を聴いていた。


「ご近所が知らない人ばかりになったら突然怖くなっちゃったみたいね。困った親がどうにかしなきゃって、私と同級生の子供を持つ岡田の親に相談したみたいなのよ。家から数軒先だったのもあって、まず親たちが仲良くなってね。それで岡田に出会ったってわけ」

「へえ〜。両親が繋いだ運命的出会いか〜」

「こっちは会うだけでビビってんのにあいつ、私の過去なんか全然興味ない顔で、『おまえ、何出来るんだ?』っていきなり聞いてきたんだよ? 私、そのなんだか冷め具合に超腹が立って、『何でも出来る!』ってつい言い返したの。そしたら岡田、翌日から家へ遊びに来てくれて、庭でバドミントン教えてくれた。そのうち上達したら岡田が公園に連れ出してくれて、他の子供とも一緒に遊べるようになってって…」

「へえ、教育テレビで見るドラマみたいな展開だな、それ」

「確かに。けど、岡田だけが私をどこへも連れ出していい権限持ってて、自由にさせてくれる。まあ限られたスペースの中泳ぐ水槽の金魚だったかもしんないけど、それでも岡田は私を泳がせてくれた。それが、私…凄く心地良かったんだと思う。だから、…それが切欠だったと思う」

「金魚にしては美し過ぎ、冴ちゃん。岡田の淀んだ水槽ん中だと思うと余計だよ」

「岡田の側にいれば、この先どんな人生でも大丈夫な気がしたのよね」

「あ…それ、わかる気がする」


 ちょっとだけそれぞれの妙な間が過ぎた。
 あ、いけね〜! と我に返り、俺は冴ちゃんのグラスにビールを注いだ。


「でー、中学高校はストーカー被害が多くなって…」

「ああそうだ、高校の学園祭で冴ちゃんがミスコン一位に選ばれた後にさ、冴ちゃんわざわざ放送室占拠して、『誰かが勝手に決めたミスコンなんかに選ばれても、こっちは全然嬉しくなんかないんでー、今すぐ取り下げて下さい、じゃないと学校退学するんでヨロシク!』とか言っちゃってさー!」

「よく憶えてるなぁ〜。あはははは、忘れてたぁ〜それ!」

「あん頃もストーカー被害多かった頃だよね? そうそう、大手芸能プロダクションのスカウトもしつこかったんだっけー。冴ちゃん、昔から超美人だったからなぁ」

「その頃も岡田だけは相変わらずだったから、よく一緒に出掛けたり、駅とかバス停とかよく迎えに来てもらってたりしたよー。岡田なら安心出来るって、うちの両親もすっかり信頼してたし。わがまま言ってもそう拒否らない岡田に、勝手に自分の彼氏みたく思ってた頃もあったなぁ」

「勝手に思えるっての、いいよなぁ…」

「よかないでしょ、勘違いバカって感じだよね〜」

「いやいやいや…」


 そういうこと身勝手にでも思ってられるってのはさ、やっぱさ…。
 なんてことを俺は心でつぶやくわけだ、イヤミな野郎だな。


「けど、親にはそういう自分の感情とか展開とか見透かされるのがイヤでさ、『私、ちゃんと自立して海外でバンバン仕事して、一人で自由に暮らせるようになりたい』なんて言ってたのよ? でもさ、どうしても好きな気持ちが勝っちゃうもんだから、一大決心して岡田を呼びつけて」

「呼びつけるあたりが、また冴ちゃんらしいし」

「その割には誰にも告白なんてしたこともないし、しかも見栄っ張りなもんだから『私と結婚させてあげようか?』なーんて、いつもの感じから入ちゃって。本当は、二年も経てば最高に可愛くていい妻になってるはずだから、どうか私と結婚して! なーんてちゃんと告白するつもりだったんだけど、あいつ…」

「え? …何かあったの?」


 冴ちゃんの表情。ちょっと会話が途切れて、そしてグラスを持つ手が止まって。


「あいつさ、私の話の最中にさ、遮るように中谷君とのこと、実は…って打ち明けてきたのよ。『大学の図書館でキスされて告白されて、それであいつと付き合いを絶った』って」


 冴ちゃんの沈んだ顔。
 閉じた瞼辺り、俺は凝視してた。
 俺がさせたんだよな、こんな顔に。
 胸の痛みの周りを俺、…未体験の優越感みたいな感覚が駆け回ってる。
 なんて酷いヤロウだろう、マジで。顔がヒクヒクするし。


「なんっか、目に浮かぶほど気の利かない男だ、岡田って…」

「ちょっとー、何今まで見せてくれた事もないよな嬉しい顔して呟いてんのよ? もうっ!」

「あ、ごめんごめん。…いや〜、マイった。そういうこともバレバレなんだ、俺の顔。あはははは!」

「もうずっとダダ漏れですけど?!」

「じゃあもういいや。え? それでそれで?」 

「何それ? って思ったわよ、勿論。このタイミングでそれ、どう受け止めたらいいの? 私のこれから真意に迫る告白は? とかパニクっちゃったもんだからさー、ついいつもの女王様キャラチックになっちゃって、『二年で別れてあげっから〜、とにかく私と結婚してみなさいよ、この根性なしが〜!』とかなんとか言っちゃってたの、私。相当バカ」

「勿体ない。…あ、いや、岡田が勿体ないことしたって意味だよ?」

「うそつけ〜! 中谷知春〜!」

「あ、…すいません、嘘です」


 俺はすぐさま訂正アンド平謝り。
 どんだけ恐がりなんだよ、しかし。


「でもさー。中谷君のこと聞かされても結婚を優先したのは、私が女で岡田が男だって思ったからよ、申し訳ないけど。結婚さえしてしまえば私の勝ちだ〜っ! って正直思ってたからさー」

「間違いないよ、俺も負けた…って本当に思ったし」

「でも気づいたのよ。結婚したからって、それは勝ちでもなんでもなかったんだって。ねえ、もし中谷君が私の立場だったら、結婚なんかしなかった? しない方が良かったって思う?」


 そう言い寄ってくる冴ちゃんの唇が、少し歪んで震えてた。
 こんなに綺麗で勝ち気が美しく映える女性を俺は、今憤りと苦悩で困惑させてるなんて、世間や店内じゃあどう映って見えてんだろう。






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空を飛んで会いにこい 第十話(5) 〜中谷side〜

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第十話 イケメン戦隊偽善ジャー現る!(5)


「奥さん、どんな男の人とデキちゃったんだろうね? 知りたくない?」 

「ねえ、どこの旦那も自分の妻の情事ともなると、やっぱ激怒したりするものなのかな?」

「そりゃそうでしょうよ、大概の夫婦なら」

「やっぱりそうなのか.そりゃ岡田も怒るはずだよな」

「奥さんだって、本当は中谷君にしっかり怒って欲しかったでしょうに」

「そうだったのかな。俺が旦那失格なせいで、もし他の男と遊んで妊娠したんなら、奥さんだけ責められないよなぁって、そう思っちゃったんだよなぁ」


 冴ちゃん、俺の顔見て大きな溜息。
 やっぱダメダメ偽善ジャーなんだろうな、俺。


「ねえ、いきなり話ぶっ飛んじゃうけど、岡田ってほんっと幸せ者だよねえ」

「え? …あ、冴ちゃんそれタバスコかけ過ぎじゃないの?」

「何言ってんの、刺激的な方が料理も人生も楽しいって! 中谷君もかけるかける!」

「え〜っ…」


 俺の皿にとったピザがスゲエ真っ赤んなった。
 マジかよ…っていうかこれ、ちょっと俺のバカ幸せ加減に嫉妬してのこと?
 へへへ、…そう思うとなんだか可愛いじゃないかよ、冴ちゃん!


「俺、正直言っていい? 奥さんがさ、俺との将来はもう考えてないんだ! って思った途端、『ごめん!』ってのと、『俺じゃなくてありがとうー!』みたいなのがさ、両方やってきた」

「同じ女として奥さんに同情するー私。つくづくひどーい、中谷君」

「だよねーだよねー、ごめんなさいっ!」

「私に言うなっ! じゃあ奥さんの代わりに一発私が殴ってあげようか?」 

「すげえ痛そうだな、冴ちゃんのパンチ。今までの事もあるだろうしなぁ…」

「容赦ないって職場じゃ評判よ? フフフ」

「え? 職場でパンチ見せるようなコト、実際あったんだ!?」

「違う違う、去年の忘年会で私、物凄い酔っぱらっちゃって、ついエロ上司に一発」

「うぁ〜! それこっそり柱の影から怯えながら見たかったなー」

「なんでそこで怯える!? あ、でもまだ岡田には手をあげたことないわよ? 私」

「じゃあDVで離婚になったってわけじゃないんだな」

「ないない。っていうか、あると思うな! 失礼な。あ〜ん、もうそろそろ飲もうかなぁ〜、我慢出来なくなってきた、ビール飲んでいい?」

「え?! 我慢してたんだ、冴ちゃん。いいよ、どんどん飲んでよ、ここは俺おごるし」

「だってちゃんと話聞いておきたかったからさー、中谷君の近況。あっ、すいませ〜ん! ビール絶対にピッチャーで! あ、おごりはナシね。割り勘でヨロシク!」


 冴ちゃんは昔からビール党でかつ酒豪だったのはよく憶えてる。
 俺の話を優先してくれたことに、ちょっと感動。


「…で? なんの話だったっけ?」

「あーそうだった。で、そういう俺の気持ちだけはさー、早く岡田に報告したい! って思ったっていうか、…あーあ、どこもかしこもズルイな俺って。やっぱ偽善ジャーだ」

「♪ズルーイズルーイ偽善ジャー、イッケメン戦隊っ、偽ー善ジャー!」

「ンキョンキョンキョー! …あっこれ、悪者退散する時の奇声ね」

「アハハハハッ! …しっかしまあ随分素直になっちゃって。今の中谷君」

「え? 調子乗り過ぎてる? じゃあこれは冴ちゃんに…ホントごめんなさいっ!」

「ったくー。…けど、本音なんでしょ? じゃあ仕方ないじゃない」

「仕方ないけどさー…あーあ、冴ちゃんにならこんなに色々話せんのに、俺」


 ドンドンと何故かふたつ、ビールがピッチャーで運ばれて来た。俺も少しもらう。
 冴ちゃんの一気飲みはしばらく続くのかな。
 俺は空になる度冴ちゃんのグラスにビールをたっぷり注いだ。


「サンキュー。ねえ中谷君。やっとさー、私たちお互いの本音も、岡田への想いも語ってるじゃない? 昔は無理だったけどさー、今は妙な垣根は外してさー」

「うん、本当にそうだね」

「時間って必要ね。岡田も中谷君の奥さんも、いくら時間が経ったってこの会話についてこれるとは全然思わない。けどさ、私たちだけはこうやって再会して確かめ合えてるよね? お互いの気持ち。まずはそこだけは良かったって思わない? 思おうよ。で、乾杯し直そう?」

「ねえ冴ちゃん! 俺のこと、恋のライバルだけどそれでも友達だって、そう思ってくれんの? こんなダメダメ偽善ジャーなんだけど、それでもいいの?」

「確かに! 確かに中谷君は、本日最高のイケメン戦隊偽善ジャーに認定されたわけだけどもー! じゃあ他に何があてはまるのよ? 恋のライバルで友達なんてさー、青春時代何年か一緒に過ごせばさー、そんなことよくある話だと思わない?」

「けど、俺はさ…」

「え? 何? 異性の間じゃ友達やライバルはダメだっての? 今更じゃない? そんなこと私達の間で思うの」


 俺のグラスにカチンと乾杯して、また一気飲みした冴ちゃん。
 俺は今グラスをうまく持てない。
 胸がキュンキュンだ、いやギュンギュン喜んでんだ!
 なんか心臓飛び出してしまいそうな気がして、思わず両手で抑えてた。


「冴ちゃん…俺どうしよう、凄え嬉しいかも。冴ちゃんと再会出来て、マジ嬉しいかも!」

「今更何言ってんだか。ほらちゃんと食べてよ? まだまだオーダーする気満々なんだから、私」


 冴ちゃんしかわかり得ない、俺の恋する気持ち。
 ライバルでしかも友達だなんてさ…。生まれて初めて成立した、こんな関係。


 目が潤む。
 ダメだ。俺は今、酷く感激中だよ、冴ちゃん!




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空を飛んで会いにこい 第十話(4) 〜中谷side〜

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第十話 イケメン戦隊偽善ジャー現る!(4)


「へえ〜。中谷君の人生って、やっぱり沼アリ渓谷アリなんだね」

「そう。でも岡田に再会出来た0これ天罰? とか思ったりもしてさ」

「それは違うでしょ、少なくとも奥さんの方はさー」

「え? それ何? まさか女の勘ってヤツ?」

「だって赤ちゃん出来てんだよ? いくら行きずりの男だったとはいえ、そのための日数ってかかるじゃない。逆算したって奥さんの方がコトを起こしたの先でしょうに」

「あ、そうか。さっすがー冴ちゃん。俺なんか全然思いつかない視点だよそれ」

「っていうかー、どういう夫婦生活してたの? 中谷君とこって」

「んー、一言で言えば異常な夫婦生活? ははは! うまく言えないや」

「奥さんもさー、なんか秘密いっぱい持ってそうだね?」


 秘密ねえ。
 そりゃ沢山あるだろうな。俺に言えないこと沢山。
 俺だってこんなに抱えてるんだからな。


「俺さ、当然だけどさ、奥さんに岡田が好きなこと言ってないんだ」

「ねえねえ。それって結局奥さんのこと、最初から愛してなかったんじゃないかってどうしても思えて仕方ないんだけど。違うの?」


 ガーリックパンをぐいと右手の親指と人差し指で引きちぎり、エビ料理の余ったクリームソースにそれをつけながら、冴ちゃんはさらっとそう言い放った。
 俺は結婚したことで結局、こんなにも岡田が好きだったことを再認識しちまった、そんな世間から見りゃ回りくどい同性愛者なんだろうな、ハイハイそうですよ。


「別れたらいいじゃない、奥さんと。とりあえずすっきりすれば? 奥さんだってさー、他の男の子供だよ? なんでお互いさっさと『離婚しよう』って言い切れないのか、私はそこが不思議でしょうがないんだけど」

「…そうだよねえ。岡田にも俺の反応オカシイってスゲエ怒られた」

「だっしょ〜? おかしいもん、マジで」

「けどさ、俺なんか結局嘘までついて結婚してたんだよ? それをさ、この機会だとばかりに奥さんの妊娠のせいにしてさぁ、こんな簡単に離婚出来ていいのかよ? って、妙な所で律儀な俺が葛藤してるっていうかー」

「わーっ、はっきりしないカラーコスチューム着た『中谷偽善ジャーここに現る〜!』って感じぃ? んじゃ一生嘘突き通せるなら通してみなさいよー! って感じだけど、それ出来る気力あるの? 岡田に再会したんだよ? 無理だと思うけどぉ?」 

「やっぱりそう思う? 冴ちゃんも」

「なんだ、わかってんじゃない、おバカな偽善者ねーもう!」

「さっすがは冴ちゃんだ。…えへへ、道理でここのパスタも美味いはずだ」

「全部私のお陰ってか?」

「そうそう。だってさ、俺、偽善ジャーだから!」

「これでさー、私が岡田と復縁するようまた頑張ったりでもしたらー、中谷君相当燃えない? 今度こそ阻止したくない? あれ? その辺り探るために、今夜私を誘ったんじゃないの? なんだー違うの?」

「言うなぁ〜冴ちゃん。けど、グサグサくるのになんでこんなに爽快なんだろう? アハハハ!」


 冴ちゃんの読みと返答はメチャメチャ速くてストレート。
 けど、不思議と今の俺には、心地良くさえ思える台詞ばかりだった。





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